迷子の賢者は遠きナザリックを思う
第4話
<空腹は駆逐します>
ここがどこなのかも解らず、また周りには人影も無し。
それどころか街道さえないのよね、ここ。
「まったく、どっちへ行ったらいいのよ。これが夜なら遠くに町の明かりとかが見えるかもしれないけど、こんなに明るかったらそれも期待できないし」
空、飛んじゃおっかな?
そんな事を一瞬考えたけど、それを一瞬で否定する。
「ここがどんな世界か解らないし、もしかすると物凄く強いモンスターが居るかもしれない。それなのに不用意に空を飛んだりしたら簡単に捕食されてしまうもんね。ここは慎重に行こう」
幸いペガサスが居るから自分で歩く必要はない。
それに食材に関しては私がギルドの料理番だったからギルメン全員とNPCがどこかの攻略で2〜3ヶ月篭ったとしても問題ないくらいの量がアイテムボックスには詰まってるからこれまた問題なし。
くぅ。
・・・いけない、食べ物のことを考えたらおなかがなってしまった。
思わず赤面して周りを見渡す。
「うん、誰も聞いてなかったわね」
思えば昨日から何も食べていなかった。
ユグドラシルは食事を取らないとスタミナが減るので普段は食事をするんだけど昨日は最終日だったから食事、してないんだよね。
そしてこの体が現実のものとなった今、その空腹感が私を襲ったと言うわけだ。
「しょうがない。行動する前に食事を取るとしますか」
と言っても適当に食べられる生の食材をアイテムボックスから出して貪る訳じゃない。
私は料理人。
料理をしていないものを食べる訳には行かないのよ!
「スキル発動。<オープンキッチン/調理場展開>」
スキル<オープンキッチン/調理場展開>。
これはシェフのオリジナルスキルでその効果は三つのコンロ、二つの熱せられた石釜と牛一頭でも丸ごと調理できるほど大きなオーブン、水道とシンクが備えられた調理場がその場に展開されると言うものだ。
一応料理人系クラス最下級のコックでもコンロとかを魔法で呼び出す事ができるけど全て別々に出さなければいけないから最適な配置で用意するのは一苦労だし、オーブンもかなり小さい。
ギルドイベントなどで大人数の食事を一度に作ろうと思うと、どうしても料理人はシェフを目指さないといけなくなるのよね。
それに料理に付くバフも上級職のほうが効果は大きいし。
さて、それじゃあ調理開始と行きますか。
とりあえずおなかは減って入るけど起き抜けで胃腸はあまり働いていないからあまり重いものはパス。
と言う訳でフルーツとクリームたっぷりのパンケーキでも作るかな。
アイテムボックスから食材と必要な調理道具を取り出す。
まずは生クリームをボウルに入れて泡だて器で角が立つまで泡立てる。
途中少しずつ砂糖と風味付けのバニラエッセンスを加えながらね。
それが出来たら一度アイテムボックスへ仕舞って今度はフルーツを一口大にカット。
つまみ食いしたくなるけど、そこは我慢で。
そしてそれもアイテムボックスに仕舞ったらいよいよメインのパンケーキだ。
まず卵を白身と黄身に別けて黄身の方に砂糖とミルクを入れてよくかきまぜる。
そうしたらよくふるった小麦粉とベーキングパウダーをそれと混ぜてよくなじむように横においておく。
続いて白身に少量の塩とレモン汁を入れてふわふわのメレンゲになるまで良くかき混ぜ、そこに先程の黄身と小麦粉を入れ、ゴムベラでメレンゲの泡がつぶれないよう、さっくりとかき混ぜる。
そしてその生地を熱したフライパンに乗せて、少し膨らんできたらひっくりかえし、そのままオーブンへ。
この間に使った調理器具は洗って、水気をしっかりと拭いてからアイテムボックスへ収納。
低温でじっくりと焼き上げて、出来たものをお皿に移したらたっぷりの生クリームとカットフルーツをトッピング。
そして最後の仕上げに上から粉砂糖をふるってっと。
ババァ〜ン!
ふわふわパンケーキ、完成です!
アイテムボックスからテーブルと椅子、そしてテーブルクロスを出してフォークとナイフセッティング。
オープンキッチンを解除してっと、さあ頂きましょう。
ん〜、おいしい。
1枚が5センチほどの柔らかなパンケーキを口に含んで満面の笑みを浮かべる。
我ながらよく出来てるわぁ、お店で出てくるレベルね、これ。
リアルの方の私ではこれ程うまくはできないだろうし、やっぱりこれもスキルが関係してるのかなぁ?
自画自賛しながら分厚いパンケーキをぺろりと平らげ、食器を洗浄魔法で洗ってからアイテムボックスへ。
アイテムボックスに常備しているポットに入った紅茶を食後に頂きながら、これからの事を考える。
さて、空を飛んで周りを見るのはやめた以上ペガサスの背に揺られての移動になるんだけど。
「西側には林、東南北側は平原か。普通なら平原を進むところだけど・・・私はあえて林を選ぶね」
どこぞのくそゲーの主人公の台詞のように(なぜそんな100年以上昔のゲームを知っているかと言うのはなぞだ。転移によるバグか何かかな?)言い放ち、私は進む先を林に決める。
とは言っても、何の根拠も無いわけではないのよね。
平原である以上かなり先まで見渡す事ができる。
でも、私が見える範囲には人里らしきものはまるで見えないのよね。
それに対して林はと言うと、木々が目隠しになってその先を見渡せなくなっているのよ。
これが踏み入るのも大変そうな森ならともかく、ペガサスに乗ったままでも入っていけそうな林だから私はあえてそちらに進む事を決めたと言う訳なの。
「そうと決まれば」
飲み干したカップを片付け、代わりにペガサスを呼び出すアイテムを取り出す。
そしてそのまま起動させてペガサスを呼び出し・・・たつもりなんだけど、現れない。
あれ? もしかして騎乗動物召喚アイテム、この世界では使えないの!?
つーっと冷たい汗が額に流れる。
どうしよう、もしかしてこれから私、ずっと歩きとか?
そんな考えが一瞬頭をよぎったんだけど、
ヒヒィ〜ン。
馬の嘶く様な鳴き声とともに空間に光る、ゲートの魔法の白バージョンのような渦が現れ、そこからペガサスが歩いて現れた。
びっくりしたぁ、でも良かったよ、ちゃんと来てくれて。
でも良く考えたら当たり前か、ゲームじゃないんだしアイテム使ったら浮かび上がるようにいきなり現れる訳がないんだから、転移魔法のようなものが発動しない事には私の元にたどり着く事なんてできないものね。
とにかく、まだどきどきいっている心臓を押さえつつペガサスに飛び乗る。
特に嫌がる風もなく、おとなしくしているペガサスに林の方へ進んで欲しいとお願いすると、了解の印なのか一鳴きだけして歩き出した。
それから数分後、私は林に向かった事をちょっとだけ後悔していた。
確かに林の中を進むのは気持ちいいわよ。木の香りや涼しい風。鳥のさえずり。前にブループラネットさんが過去に地球にあったという自然の素晴らしさを熱く語ってくれた事があったけど、それを実際に目の前にしてちょっと感動もしたわ。ブループラネットさんにこの世界を見せてあげたかったなぁなんてしおらしい事も考えたわよ。
でもねぇ、その感動が続くのは最初の数分だけ、後は道なき道をどちらに進んでいいのかさえ解らず唯々さまよい続ける苦行のような行程があるのみ。
「ブループラネットさん、確かに何の防護服を着なくても普通に生活できるこの自然溢れる世界は素晴らしいです。でも私は酸の雨と公害に犯された空気の中だったとしても道路標識と公共交通機関がある世界の方がいいです」
右も左も解らない林の中ですっかり迷子になってしまって、私はついそんな愚痴をこぼしてしまった。
そんな時。
「誰か! 誰か助けてぇー!」
かなりかすかな、しかし必死に助けを呼ぶ声が私の耳に届いた。
「前言撤回。こんな遠くの悲鳴、元の世界では騒音で聞き逃したはずだもん。ブループラネットさん、やっぱり自然は最高です」
助けを求める人がいる。
ならば私が助けましょう!
だから私を人里まで連れて行ってね。
そんな事を考えながらフレイアは悲鳴の聞こえる方へとペガサスを走らせるのだった。
後書き、だよなぁ
フレイアはナザリック所属ですから当然正義の人ではありません。
あそこで正義の人といえるのはたっち・みーさんくらいですからね。
と言う訳で打算で動きました。
と言うか、本人はそう思っています、この時点では。
さて、本文で食事を取らないとスタミナが減ると言う信長の野望オンラインのようなシステムの表記がありますが、これはがーるずとーくで料理長以外の料理人が作るとバフが付かないと言う表記があったので、強化目的でない食事があるなら空腹ゲージと言うものがあるはずだという私の勝手な思い込みでこのような設定をつけました。
食事と睡眠不要のアイテムもあるしね。